ナショナルアンセム 0005 【カリスマ=T橋とK沢】

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昨夜、久しぶりに黒沢清監督、高橋洋監督、しまだゆきやすさんらとお会いし、遅くまで飲んだ。
黒沢さんに「ナショナルアンセムは傑作だよね」と言ってもらえた。
時代劇についてや、左翼について、家族について、等、多種多様の様々な話題が出た。
黒沢さんは「一神教より、善と悪の二神教の方が興味がある」と仰っていた。「らしいな」と思った。
楽しい夜だった。
 
 
さて、「ナショナルアンセム」を作り始めたのは6、7年前になる。
その直前に2つの決定的な出会いがあった。

一つは、京都で黒沢清監督の講演に行ったこと。

講演自体、時間が短くて不満が残るものだったので、
終了後にロビーで煙草を吸っている黒沢監督の前の、床に座り込んだ。

初対面だったが、「僕、高校の時『エクソシスト3』を劇場で観て、映画監督になりたいと思ったんです」と切り出したら、とたんに黒沢監督の顔に浮かぶ警戒心が無くなり、
そこから講演時間以上の間、長々とお喋りに付き合って頂いた。
そこで話した事や、「やっぱり黒沢監督に作品を見せたい」という思いが、
「ナショナルアンセム」を作り出す最初のキッカケになった。
ちなみにその時の仮タイトルは「キッズ・アー・オールライト」だった(笑)
全世界の子供が狂う話にしようと思っていた。
 
 
もう一つの出会いは、そのすぐ後、高橋洋監督の『夜は千の目を持つ』を観たこと。

戦慄した。
これだ!俺が求めてたのはこれだ!と興奮して、そこから『ナショナルアンセム』の脚本は一気に書き上がった。
というか、脚本も糞も、「こんなシーンがやりたい!」「こういうシーンはカッコいい」と興奮してどんどん羅列していき、「壮大な物語らしきもの」にでっち上げた。

そしてその勢いのまま、「壮大な物語らしきもの」は数年の歳月をかけ、完成した。

こんな事を言ったらお二人に怒られるかもしれないが、
僕が黒沢監督や高橋監督から影響を受けた事とは、
「これでいいのだ」と開き直る姿勢かもしれない(笑)

是非、今日と9日に上映される「ナショナルアンセム」を見て、
「これでいいのだな」と一緒に開き直っていただきたい。



もう少し、語ろう。
27才だった僕の「やりたい」は、100分もの時間に凝縮された。
撮ったのに捨てたシーンも山ほどある。

例えば、タコ焼き屋のラッパーという2人組がいた。
そのラッパーの子が途中で来なくなったので、ほとんど全部シーンをカットした。
唯一残ってるのは、悪いグループの女ボスを抱きかかえるタコ焼き屋、というカット。
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このキャラクターはかなり気に入っていて、
「外はカリカリ、中はジューシー」というラップに乗せたPVノリのシーンもあった。

脇道に逸れるの大好き。
ほんと、進歩してない(笑)
そして進歩する気もない。


(西尾孔志)
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