■ 大いなるしきたりのもとで(松村浩行)

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『YESMAN / NOMAN / MORE YESMAN』は2002年につくられたのだけれど、その前年、たしか『牛乳屋フランケン』を撮影してるとき、浅草かどこかで新谷尚之さんや渋谷哲也さん(そのあとドイツ語のことでほんとうにお世話になった)に今度こういうものをつくりたい、という話をしたことをおぼえている。たしかニューヨークの事件からすこしたったころだ。
これは先日高橋さんにも話したのだけれど、この映画が最初に上映された映画美学校映画祭が終わったあとの打ち上げの席で、個人的にちょっと印象的なことがあった。
会のなかばで、そこに同席していた黒沢清さんから、ひとつ聞きたいのだが、もし現代において絶対的なしきたりというものがあるとして、それはいったい何か? 自分も物語を語る上でつねづねそれを探しているのだが見つけられずにいる、という意の質問をされた。
真正面からのその問いかけに僕が即答できないまま、しばらく沈黙がつづいたあとで、ふと黒沢さんが、ひょっとして、それは資本主義か? といった。
僕はなぜか瞬間的にドキリとして、そうですと答えてしまった。われながらずいぶん調子がいいのだけれど、しかし無理に話を合わせたというわけではなくて、ほんとうにそうだとおもったのだ。
そしてそれに対して、やっぱりそうか、それしかないよなと黒沢さんがうなずいていたとき、近くでそのやりとりを聞いていた万田邦敏さんが、ええ、何だそうなの? と、意外だというか、失望したというか、そんな響きの反応をされた。そのあと、話がどういう展開になったか、残念ながらまるでおぼえていなくて、おぼえていないところをみると、きっとウヤムヤのうちに終わってしまったのだろう。
ブレヒトの戯曲のなかで、そしてこの映画のなかでのしきたりとは、旅の途中で先にすすめなくなった者は谷に投げ落とされなくてはならない、そして投げ落とされる者もそのことを了解しなくてはいけない、というものだ。もちろん、これをたんに資本主義のアナロジーとして読むことほどつまらないこともなくて、もしかしたら万田さんの反応もそのあたりに原因があるのかとおもうけれど、じっさいそれはわからない。
そもそも黒沢さんがどういう意をこめて資本主義という言葉を口にしたのかも、僕はとてもわかっているとはいえないのだけれど、とはいえ、(ほんとうにそうだ)というおもいはいまでも変わらないし、ますます強くなっている。
映画にとって資本主義はアナロジーどころか、たんなる圧倒的な現実なのであって、おそらく、したがうべき唯一のしきたりにちがいない。そのうちがわで、それにしたがいつつ、疲弊しつつ、けれどもけっして屈せずに、たたかいつづけ、抵抗しつづけ、いまだ生まれてもいない人たちのために、「なにかよりよいもの」をつくりつづけることができるか。そんなことばかりかんがえている。
そのためには、どのような映画をつくるかより、どんなふうに映画をつくるか、どんなお金で、それをどんなふうに使って、どういう人たちと映画をつくっていくか、という問題にむきあっていかなければ、これからはいけないと、いまはおもっている。
ブレヒトの遺産管理委員会は最高にシビアで、ここ日本にもスパイ?がいるらしい。よって、知らない人から声をかけられると逃げも隠れもするかもわかりませんが、上映のある日には会場にいますので、なにかあったら見つけてください。『狂気の海』の精神科医です。
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