■ 『ちえみちゃんとこっくんぱっちょ』(横浜聡子)

 私がシナリオを書こうとするとき、いつも自ずと思い浮かぶのは、故郷である青森の風景や人々です。
 初めて監督した「ちえみちゃんとこっくんぱっちょ」の舞台も青森で撮影したのも青森であるし、2作目の「ジャーマン+雨」も舞台こそ匿名の地であり撮影自体は関西で行われましたが、劇中で起こる数々の出来事は青森で暮らしていた幼少時代にみていたものや人々から想像を膨らませたものであるとも言えます。

 美学校在籍中にゼミで提出したプロットにも、"地震予知に大々的に失敗し国民から非難を浴びた地震観測学者が、世間への復讐のために恐山の宇曽利湖に地震起爆装置をしかける"、という内容ものがあったことを最近思い出しました。
 そもそも「ちえみちゃんとこっくんぱっちょ」は、当時、青森で近々行われる予定であった親友の結婚式の風景をまず撮影し、それから実家の近くの道や小さい頃遊んでいた公園や祖母の家、地元の友人たちなど、断片的なものいくつもつなぎ合わせてひとつのフィクションをつくり出せないものか、という考えの元に生まれ、それに発想が加わり、現在のお話へと至ったのでした。
 そんなひとつひとつの風景や出来事や、一人の人物、それらは一見互いに何の関係をもたない様に思えてもすべて繋がっている、なにとも関係性をもたないものなどこの世界にはないのだろう、当時の自分にはそう感じられました。と同時に、あらゆるものと人とつながりたい、という願いもあったのだと思います。
 「つながる」ということは、前提として個々が離れているということですが、主人公ののり子にとっては、他者も、自分の住む青森という土地も、すべてが地続きに感じられていたのだと思います。そこに境界を見出そうとしたとき、これまでの自分では居続けられないということに初めて気づく......それは悲惨で過酷なことであるかもしれませんが、そう気づいた人間の姿を描きたかったように思います。もしかしたらそれは"成長"というものなのかもしれません。
 美学校六期の仲間たちとともに、青森に三回赴きやっと完成した作品ですが、雪が溶けてあらわになって行く土地と、そこに晒される一人の人間の姿をスクリーンでご覧いただけたら、幸いです。
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