■ 松村浩行『YESMAN / NOMAN / MORE YESMAN』と粟津慶子『犬情』について(井川耕一郎)

(以下の文章は、『映画芸術』第402号からの再録です)

 「2002年度日本映画ベストテン&ワーストテン選評」(井川耕一郎)
 (1)『YESMAN / NOMAN / MORE YESMAN』(松村浩行)
 (2)『犬情』(粟津慶子) 
 (3)『人コロシの穴』(池田千尋) 
 (4)『カナ子』(玉城陽子) 
 (5)『とどまるか なくなるか』(瀬田なつき)
 (以上各10点)

  表現についていろいろ考えさせられたという点では、万田邦敏の『UNLOVED』や塩田明彦の『害虫』などはとても重要な作品だと思うが、
今回はあまり他のひとが取り上げないような作品ばかり選んでみた。
とは言え、昨年はピンク映画もOVもほとんど見ていないので、映画美学校の作品にかたよってしまったのだが......。
(1)『YESMAN / NOMAN / MORE YESMAN』(松村浩行)

 ブレヒトの戯曲の日本語訳を外国人を役者に起用して映画化するという試み。下手をすればコントすれすれの発想だが、この作品ではその無茶な試みが成功している。極端なまでに直訳の台詞がたどたどしい日本語で語られるのを聞いているうち、いつしか見ている者は言葉を聞いて理解するとはどういうことかを考えだすようになるだろう。少年と母の住む家がまるでフェルメールの絵のように美しいのも忘れがたい。

 (2)『犬情』(粟津慶子)

 田舎町に住む人々がふとした瞬間に見てしまう妄想を描いた作品。その妄想の中に登場する女を見て、知人は「昔、ああいう女を夜の町で見かけたことがある」と言っていた。彼の話によると、長期にわたってピルを服用して夜の街角に立っていると、あんなふうに体が生っ白く肥えてくるのだという。果たしてその話がどこまで真実なのかは分からないが、『犬情』が見る者の中に潜む忌まわしい記憶や欲望を刺激する映画であることだけはたしかである。実に不吉な映画だ。

 (3)〜(5)は映画美学校初等科の卒業制作。

卒業制作には他にも杉田協士『月のある場所』、清水信貴『三姉妹日記』の二本の秀作があるのだが、ここでは表現の出発点について大いに考えさせられた三本を選んでみた(これらの作品については1stCut2002のサイトに感想を書いている)。
  この他に今年TVで見た映画の中で印象に残っているものとしては、WOWOWで放映されたオットー・プレミンジャー『歩道が終わるところ』とイブ・メルキオール『巨大アメーバの惑星』(蜘蛛と鼠が合体したような怪獣やアメーバの造形が素晴らしい。ダリの絵なんかよりはるかに俗悪で愉快だ)、NECOで放映された『七人の刑事 終着駅の女』(若杉光夫)などがある。『七人の刑事 終着駅の女』はアニメーション作家の新谷尚之にすすめられて見たのだが、これは本当に思いがけない拾いものであった。特に死体の身元確認のために警察署にやって来た人々に刑事たちが一々律義に応対する姿を長まわしのカメラでとらえた一連の場面が素晴らしい。結局、訪れた人々が皆、「人違いでした」と言って帰っていくからなのだろうか、これらの場面を見ていると、無駄や回り道を強いられるのが刑事の宿命なのだ、とさえ思えてくる。そして画面から見る者へとゆっくり刑事たちの疲労が伝わって降り積もっていく感じなのだ。あの有名な『七人の刑事』のテーマどころか音楽を一切使わず、効果音のみで勝負している点も興味深い試みである。
  最後にあと一本だけ、昨年見た忘れられない映画をあげておきたい。フィルムセンターの記者発表で見た伊藤大輔の『斬人斬馬剣』である(正式公開は今年の春頃らしい)。一二二分のうち、二六分しか残っていないため、これを一つの作品として見ることはできないが、それでもいくつかのカットには圧倒された。特に印象に残ったのは、河原でこれから処刑されようとする農民たちと彼らを救出すべく馬を走らせる月形龍之介とを交互にとらえたラストだ。晩年、伊藤大輔は竹中労のインタビューの中で「映画には不思議な力がありますな。たった一つのカットが夢魔のように生涯ついてまわる」と語っているが、河原に一つ、また一つ......と十字架が立っていく『斬人斬馬剣』のカットは、まさにそういうカットであったと思う。
このエントリーをはてなブックマークに追加